2023年6月17日 5時00分

人間讃歌(にんげんさんか)

 記者という仕事で暗いニュースばかり見聞きするから、なおさらなのかもしれない。何かの拍子に、笑顔がはじけた子どもの写真に目がとまり、いいなと思う。撮影した人を確かめると写真家の田沼武能(たぬま たけよし)さんだ。そんなことが何度かあった▼たとえば、授業を終えたばかりのアフリカ・マラウイの子どもたちが、裸足(はだし)。きゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえてきそうだ。ぽっこりおなかを出した中米グアテマラの男の子は、聴診器(ちょうしんき)で初めて聞いた自分の心音(しんおん)に目をむく▼「子どもたちはみな『神はまだ人間に失望していない』というメッセージを神さまからもらい、この世に生まれてきた」。詩人タゴールのことばを、田沼さんは写真集『ぼくたち地球っこ』に引用している▼子どもを通じて世界を見ようと、ライフワークを定めたのは30代半ばだった。ユニセフ親善大使の黒柳徹子さん(くろやなぎ てつこ、(本名同じ、1933年〈昭和8年〉8月9日 - )の海外訪問にも自費(じひ)で同行し、93歳で亡くなるまで120を超える国や地域を訪れた▼レバノンでは、本物の銃を構える少年を撮った。アフガニスタンの少女はまっすぐにレンズをみつめる。その目が問うているのは、見えない未来だろうか、世界の無関心だろうか。胸が痛む▼それでも、田沼さんは人間を信じ、愛し続けた。「社会事情や文化、風土(ふうど)が異なっても人間は生きる事への希望を決して忘れることはない。だからこそ人間はすばらしいのだ」。人間讃歌(さんか)、と題した回顧展(かいこてん)が東京都写真美術館で開かれている。来月30日まで。



田沼 武能(たぬま たけよし、1929年2月18日 - 2022年6月1日)は、日本の写真家。文化勲章受章者。東京工芸大学名誉教授、文化功労者、一般社団法人日本写真著作権協会会長。位階勲等は従三位勲三等。

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