2023年8月16日 5時00分

お盆を襲った台風7号

 紀伊山地(きいさんち)は急峻(きゅうしゅん)なことで知られる。だがその真ん中にある十津川郷(とつがわごう)では、かつてもっと谷が深かった。山肌(やまはだ)を縫う道(ぬうみち)から石を落とすと、ドボンと川面が鳴るまでにたばこが一服できる。そんな笑い話があったそうだ。地形が一変したのは、1889年8月である▼台風で崩れた山々が谷を埋め、家屋を押し流し、川をせき止めた土砂ダムがいくつも生まれた。「一郷(いちごう)の過半が自然のかけらぐるみ流されてしまった」と司馬遼太郎は『街道(かいどう)をゆく』で書く。新天地を求めた人々でつくったのが、北海道の新十津川町(しんとつかわちょう)である▼きのう台風7号が紀伊半島に上陸した。和歌山、奈良などは昼までに大量の雨に襲われ、膨れあがった河川(かせん)が下流(かりゅう)に押し寄せた。その光景だけでも呼吸が浅くなるような思いをしたが、被害はさらに広がった▼鳥取ではダムが緊急放流され、避難が呼びかけられた。竜巻で転がった車や倒れた街路樹(がいろじゅ)。テレビの前で、各地の映像から目を離せずにいた。ふるさとで過ごすはずだった方々は、やるせない限りだろう。何もお盆休みの真ん中を狙い撃ちしなくても。恨み節(恨みふし)が聞こえてきそうだった▼のろのろ台風は1日かけて日本海へ抜けた。とはいえ、川は時間がたって増水(ぞうすい)することがある。まだ注意が必要だ▼日本では、年平均(ねんへいきん)で三つの台風が上陸するという。今年の上陸は7号が初。無事だった地域も、今後の備え(そなえ)をしておくに越したことはあるまい。猛暑に台風に、と備えるべきことが少々ありすぎる気もするが。