2023年8月13日 5時00分

御巣鷹(おすたかやま)の尾根(おね)で

 早朝の山に降る雨は、夏とは思えないほど冷たかった。緑の木々から落ちる水滴がパシパシと音をたてて帽子を打つ。寒さで体が震えた。諦めて(あきらめて)帰るか。もう少し粘る(ねばる)か。山道(やまみち)にひとり、立ち続けた▼1990年8月、520人が亡くなった日本航空123便の墜落事故(ついらくじこ)から、ちょうど5年後のことだ。墜落現場である群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に私はいた。入社半年の新人記者(しんじんきしゃ)だった。事故で家族を失った生存者の女性が人目を避け、ひそかに慰霊に来ると聞いて、待っていた▼少し雨が弱まったかと思ったときだ。目の前に登山服姿(とざんふくすがた)の数人が現れた。近づこうとすると「やめろ」。日航社員の男性に阻止(そし)され、怒鳴られた(どなられた)。「この人はとても悲しい思いをした。なぜ、悲しみを増やすんだ」。怒りに血走った目(ちばしったもめ)だった▼私も必死だった。航空会社こそ、不幸を生んだ元ではないか。悲劇を繰り返さないためにも取材させて欲しい。青臭い言葉が出かかったとき、ちらりと女性がこちらを見た。ドンッと、体ごと吹き飛ばされた気がした。何とも言えぬ、苦しみに満ちた目がそこにあった▼あれから幾度となく思い出し、いまも自問を続けている。お前の取材は、誰かを悲しませていないか、それでもするべき取材なのか、と▼「尾根はたくさんの涙を受け止めて、優しい山になった」。遺族のそんな言葉を本紙で読んだ。なぜか、涙が止まらない。先週、33年ぶりに御巣鷹に登った。誰もいない尾根に立ち、深く頭(こうべ)を垂れた(たれた)。

日本航空123便墜落事故(にほんこうくう123びんついらくじこ)は、1985年(昭和60年)8月12日(月曜日)、日本航空123便(ボーイング747SR-100型機)が群馬県多野郡上野村(ぐんまけん たのぐん うえのむら)の山中ヘ墜落した航空事故である。