2023年8月11日 5時00分
キセル
九州に向かう少年が「寝過ごした」と示したのは、不自然(ふしぜん)なきっぷだった。ベテラン車掌長は、運賃をごまかすキセルと見抜く。規則通り当局に突き出すか。子どもだからと大目に見るか。大人たちの意見は割れる▼池田邦彦(いけだ くにひこ)さんの漫画『カレチ』は、巨額赤字にもがく昭和の旧国鉄を描いた。優しい若手車掌(わかてしゃしょう)が、素知らぬ顔(そしらぬかお)の少年にささやく。「この車両だけどね、遠からずなくなってしまう。よく考えてみてほしい」。気づいてもらいたい。キミも鉄道を支えている一員だよ、と▼今年の夏、九州の玄関口でキセルが問題となっている。JR小倉駅の券売機(けんばいき)では、隣駅(となりえき)までの大人用170円券が1日300枚売れる。しかし実際に一駅で降りるのは30人。じつに9割が、不正に乗っている可能性があるというから驚く▼改札から駅員は消え、車掌のいない列車は増えた。無人駅は全体の半数に迫る。JR各社の止まらぬ合理化が、乗客との心のすきまを広げてはいなかったか。小倉駅はこのきっぷの販売を一時、対面に限った▼《人に翼の汽車の恩》。かつて鉄道唱歌(てつどうしょうか)がうたったように、張り巡らされたレールは列島をぐっと縮めてくれた。でも、多くの地方路線で廃止が叫ばれ、いまや維持は容易でない。私たち乗客もまた、どう支えていくか問われている▼漫画の世界では、合理化の嵐でも鉄路への情熱が絶えることはなかった。この夏休みも駅のホームは心躍らせる(心おどらせる)子どもであふれる。明日の汽笛(きてき)が、キミに聞こえるだろうか。
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- cheat on the fare.