2023年8月3日 5時00分
夏の音
カラン、カラン。背負ったかばんが揺れるたび、水筒(すいとう)のなかの氷がぶつかりあう。カラ、カラン。炎天下での小さな音が何とも涼しげで、心地よい。近ごろ、もっぱら私は、ちょっと重い保冷式の水筒を持ち歩く派だ▼毎日、暑い。暑いのだけれど、この一瞬の涼気(りょうき)を感じさせる音が、夏にはある。シャリシャリと削って作る、かき氷。シュワシュワッとはじけるサイダー。想像するだけで清涼感がただよってくる▼ひとの脳は、音から過去の体験を勝手に連想するらしい。風鈴が鳴れば(なれば)、風がくる。そんな「一種の条件反射」が脳内で進むのでは、といった専門家の談話が本紙にあった。不思議なのは、クーラーの音を聞いても、風鈴ほどの涼味(りょうみ)はないこと。人間は情緒的(じょうしょてき)に温度を感じる存在なのだろう▼子どもたちがパシャパシャと水をたたいて遊ぶ音も、涼しげだ。水の流れが風を呼ぶ。アフガニスタンで用水路造りに努めた中村哲さんは生前、水辺(すいへん)の光景に幾度(いくど)も目を細めた。人道支援に尽くした医師は、そこに「はちきれるよう(burst)な生命の躍動」を感じたとの言葉を残している▼世界各地で「記録的な猛暑(もうしょ)」「危険な暑さ」との言(こと)が繰り返される。国連事務総長いわく「地球沸騰の時代」とも。日本では7月、観測史上、最も平均気温が高かった▼〈涼しやとおもひ涼しとおもひけり〉後藤夜半(ごとう やはん)。炎天が睨む(にらむ)季節だからこそ「涼し」は夏の季語である。ほんの一抹(いちまつ)、暑気(しょき)を忘れる快味(かいみ)を求めて、夏日(なつび)の小さき音に耳を澄ませる。