2023年5月9日

米銀行の相次ぐ破綻

 始まりは、電車内での女子(じょし)高校生のたわいない一言だった。愛知県の豊川信用金庫(とよがわしんようきんこ)へ就職が決まっていた一人に、もう一人が「信金は危ないわよ」と冗談をとばす。真に受けた当人(とうにん)から親戚へ、その知人(ちじん)へと話は広がり、夫婦が営むクリーニング店に流れ着いた▼店番中(みせばんちゅう)の妻が、多額の現金をたまたま下ろそうとしていた人と出会した(でくわした)。「うわさは本当だった」。もう止まらない。得意先に電話をかけまくった。50年前にあった豊川信金取り付け騒ぎのいきさつである▼うわさやデマの恐ろしさは変わらない。いや拡散のスピードや規模がかつてとは比べようもない時代だけに、よほど注意が必要になったというべきか。相次ぐ米国の銀行破綻(はたん)で「デジタル・バンク・ラン(digital bank run)」という言葉を聞いた。デジタル上の取り付け騒ぎ、という意味だ▼発端となったシリコンバレーバンクでは、経営が危ういといったSNSの投稿が一気に広まり、預金の流出に拍車がかかった(The outflow of deposits was accelerated)。引き出すのもネットで。ある1日だけで5兆円超が下ろされたそうだ▼デマと事実を即座に見分けるのはそう簡単ではない。ならば立ち止まる(たちどまる)。真偽(しんぎ)はよく分からないけれど、どこかの預金者のために情報を共有しておこうか――こんな「善意」ほど怖いものはない▼経営に不審点があれば説明すると、豊川信金は当時、貼り紙をしたそうだ。かかってきた電話の主は「倒産の説明会をやっていると聞いた」。一度染みついてしまった見方を改めるのは、かくも難しい。