2023年5月7日

360度、変わる私

 右から左へ。黒から白に。がらりと180度、正反対に変化するというのは、ひとにとって案外と易しいものではないか。心理学者の河合隼雄氏((かわい はやお、1928年〈昭和3年〉6月23日 - 2007年〈平成19年〉7月19日))が随筆集(ずいぴつしゅう)『こころの処方箋(こころのしょほうせん)』で書いている。難しいのはほんの少しだけ変わることだと▼河合氏はある人から言われたのだという。「私も随分と変わりました。変わるも変わるも360度も変わりました」。ぐるり1周回って元に戻り、それで変わったとはどういうことか。言い間違えだろうが、それもまた「素晴らしい変化」だと河合氏は思ったそうだ▼世界保健機関(WHO)が新型コロナの緊急事態の終了を宣言した。あすは日本でも「5類」移行がある。重大な節目に違いない。社会全体がいま、かつての日常に向け、大きく音をたてて動き始めている▼この3年間、私たちの生活は変容を強いられた。失ったものはあまりに重い。死者は692万人。後遺症に悩む人も少なくない。いかにウイルスは怖いか。引き続きの警戒は当然である▼得たものもあっただろうか。孫と会えない。親と会えない。大事な人と過ごす時間の大切さを痛感した歳月だった。どこにでも行ける自由さ、歌を歌う楽しさ。失うことで知った、そんな思いを、忘れてしまいたくはない▼きのう電車でマスクを外してみた。窓から入る爽やかな(さわやかな)5月の風が、ほおに当たって心地よい(ここちよい)。こうして私は3年前の私に戻っていくのだろう。でも、と思う。それは同じだけど、同じでない。360度変わった私である。