2023年5月14日

母と娘の関係

 長期入院で落ち込んでいたある日、気がつくとベッドの足元で母が椅子に座っていた。エリザベス・ストラウト著『私の名前はルーシー・バートン』は、米ニューヨークを主舞台に母と娘を描いた物語である。絶縁状態だった母娘が再会し、交わす会話が心に染みる▼ルーシーは地方の極貧家庭に生まれ、両親に愛された記憶がない。奨学金で進学し、結婚して子が2人いる。盲腸の手術で予後が悪い彼女に付き添うため、母が生まれて初めて飛行機に乗ってやってくる▼こじれた母娘関係の修復は、容易ではない。「愛していると言って」と頼む娘に、母は「バカな子だね」と首を振る。貧困や差別で負った母の心の傷に徐々に気づいた娘は、「私はこの母が好きだ!」と思うに至る。だが、母は唐突に去ってしまう▼娘の立場から私が感じたのは、母娘間の複雑な関係だ。親子の数だけ関係はあれど、父と娘や母と息子など他のどれとも違うと思う。父なら「やっぱりわかってもらえなかった」と思えても、母だと「なんでわかってくれないの」になってしまう。身近な分、期待値も高くなるのか▼きょうは母の日。近くにいても、もう遠くへ行ってしまっていても、母に感謝する日だ。〈母の日の母にだらだらしてもらふ〉正木ゆう子。ただ何もしないでいてね。そんな言葉でもいい▼ルーシーは、帰郷した母へ「愛してる、来てくれてありがとう」と手紙を書いた。絵はがきで来た返事にはこうあった。「あたしだって忘れない」