2023年9月30日 5時00分
暮しの手帖
雑誌「暮(くら)しの手帖」は1948年の創刊前に、取次会社(とりづきかいしゃ)から名前に駄目だし(ダメ出し)を受けた。暮らしは暗し(くらし)。イメージがよろしくない。あらがうように編集長の花森安治(はなもり やすじ) は、自らの筆で表紙や挿絵(さしえ)にランプの絵を何度も描いた。世の中に小さな明かりを灯(とも)したいと▼「もう二度と戦争を起こさないために、一人ひとりが暮らしを大切にする世の中にしたい」。そんな理念を掲げ続けた(かかげつづけた)雑誌が、今月で創刊75周年を迎えた▼外からの広告をいっさい載せてこなかった。紙媒体(かみばいたい)が次々と消えていく中で、よくぞ。「意志をいささかも曲げることなく、かつ、あきないも十分成り立ってゆく(略)一種の勇気を与えてくれそうに思われる」とは、詩人・茨木のり子による1973年の評だが、その思いは、いまこそ強まる▼自分たちの手で試す(ためす)。徹底ぶりが伝説と化した商品テストの企画は、逸話の宝庫だ。ベビーカーの丈夫さを調べた回では、子どもとほぼ同じ重さを乗せた7人が皆100キロ歩いた▼リンゴの木箱を解体して椅子に作り替える創刊直後の記事から、最新号の特集「ずっと、食べていく」まで。衣食住(いしょくじゅう)に根っこ(ねっこ)を張り、そこからものごとを考えるという一貫した姿勢には、居住まいを正させられる(タダさせられる)▼美しいものはお金やヒマとは関係がない、と花森は創刊号で書いた。「磨かれた(みがかれた)感覚と、まいにちの暮しへの、しっかりした眼(め)と、そして絶えず努力する手だけが、一番うつくしいものを、いつも作り上げる」。言葉は古びていない。