2023年9月28日 5時00分
年収の壁
幕末明治に日本へ来た外国人たちは、家のつくりに驚いた。通りに向かって開けっぴろげで昼寝や行水(ぎょうずい、take a bath)の姿が外から丸見えになっている。鍵や家具らしきものもほとんどない。でも庶民は平然としている▼壁があるのは家の側面だけだった。デンマーク生まれのエドゥアルド・スエンソンは、著書『江戸幕末滞在記』で、正面と裏には木綿布(きわたぬの)のような白い紙の張られた戸がついていると書いた。障子(しょうじ)のことだろう▼現代日本を見渡すと、暮らしぶりはだいぶ趣(おもむき)が異なる。まず待ち受けるのは「狭き門(せまきもん)」だ。子どもを保育園に預けようとしてもかなわない。奥へ進むと、頭上に広がる「ガラスの天井」が女性の昇進をはばむ。そして働く意欲に待ったをかける「年収の壁」に突き当たる▼パートで働く人などの収入が一定額を超えると、社会保険料の負担でかえって手取りが減る。岸田政権が、この「壁」の解消に乗り出すという。事業主に助成したり、収入が一時増えても2年間は負担なしで済む仕組みをつくったりするそうだ▼とはいえ、働き手の目にその場しのぎと映れば、笛吹(ふえふき)けど踊らずだろう。必要なのは社会保険制度の本質的な見直しだが、ここ20年来、議論されながらも解決を見ぬ難題だ。容易ではない▼10月には、日本酒やハムなどが値上げされる。首相は物価高対策も打ち出したが、野放図に予算が膨らめば(ふくらめば)、国の財政はますます危うくなる。「火の車の台所」が、さらに燃え上がる。そんな事態は避けねばならない。