2023年9月27日 5時00分

御嶽山噴火から9年

 時計の針が午前11時52分を指した。あの時もこんな秋晴れ(あきばれ)だったはずだ。空に浮かぶ頂(いただき)を見上げ、そこに巨大な煙が突如わきあがるのを思い描く。長野と岐阜の県境にまたがる御嶽山。噴火から9年を経て、山頂付近の立ち入りが一部緩和されたと聞き、先日登った▼空気の清冽(せいれつ)さは、色も引き立てるのだろう。標高3千メートルを超える頂上(ちょうじょう)に、笑いあう登山者(とざんしゃ)たちのジャケットは鮮やかに映えていた。噴火当時に何度も写真で見た灰色の風景とは、まるで違う▼そんな時、遠くから火山ガスの臭いが漂ってきて、ふいに思いは周囲の岩に引き寄せられた。亡くなった方々は、どこに身を寄せていたのか。何を感じたのか▼岩陰(いわかげ)で助かった小川さゆり(こかわ さゆり)さんが、著書でふり返っている(『御嶽山噴火 生還者の証言』)。噴煙で手のひらも見えない闇の中、空気を切り裂く音だけがする。無数の岩が飛び交い(とびかい)、空中で砕け散る(くだけちる)。恐怖で笑いがこみあげたという。死者行方不明者は63人にのぼった▼それでも、火山活動(かざんかつどう)としては比較的規模の小さな水蒸気噴火であった。自然が本気で牙をむいた(きばをむいた)時、人がなせることは多くない(not much people can do)。頂上には噴石(ふんせき)から守る避難シェルターが置かれていた。心強く感じたが、高温の火砕流(かさいりゅう)に襲われれば一溜まりもなかろう(ひとたまりもなかろう)。恐れる心を忘れてはなるまい▼下山(げざん)しながらふり返ると、山は裾野(すその)へゆっくりと紅葉に染まる途中だった。麓(ふもと)では追悼式がきょう行われる。感動も悲しみも。自然は人にどちらも、もたらす(Nature brings, both, to man)。

おんたけさん 【御岳山・御嶽山】 長野・岐阜両県にまたがる火山。海抜3067メートル。古来,霊峰として信仰の対象となる。山麓の檜(ひのき)林は日本三大美林の一。1979年(昭和54),有史以来初めて噴火。木曽御岳。