2023年7月5日 5時00分

熱海土石流から2年

 雨を凌いで(しのいで)、慕わしい(したわしい)源頼朝(みなもとのよりとも)のもとへ若き北条政子(ほうじょうまさこ)が身を寄せる(よせる)。鎌倉時代(かまくらじだい)の『吾妻鏡(あずまかがみ)』が描く一場面だ。地元の静岡県熱海市(あたみし)では、伊豆山神社(いずさんじんじゃ)やその後ろにある「子恋の森(こごいのもり)」で2人は逢瀬(おうせ)を重ねた(かさねた)、とされている▼昨年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」による人気だろうか。先日神社を訪れた際(おとずれたさい)には、参拝(さんぱい)の人が絶えなかった。だが、私は山道を先へ急ぐ。わけがある。2年前、大雨で盛り土(もりつち)が崩れ、谷間(たにあい)で身を寄せあう家々を土石流(どしゃりゅう)が襲った。起点となったのは、森のさらに奥だった▼あっという間の悲劇だったのだろう。いまも現地には、泥が壁に飛び散ったままの無人の家が残っていた。解体された家の礎石(そせき)は、かつての人の暮らしを言葉少な(ことばすくな)に物語る。地域への立ち入りは制限され、時が止まったかのように夏草(なつくさ)が風に揺れていた▼28人の命が奪われた。おととい現地であった追悼式で、長女を亡くした小磯洋子(こいそ ようこ)さん(73)は「娘を抱きしめることができなかった」と大粒の涙を流した▼それにしても、自然の恐ろしさを見せつけられた「あの日」が連日続く。熊本豪雨、九州北部豪雨、西日本豪雨。九州はまたも激しい雨にみまわれ、河川が氾濫(はんらん)した。週末まで警戒を怠らず(おこたらず)にいたい▼子恋の森(こごいのもり)は、その名ゆえに、古くから哀傷歌(あいしょうか)に詠まれて(よまれて)きた。〈思(おもひ)やる子恋の森の雫(しづく)にはよそなる人の袖も濡(ぬ)れけり〉清原元輔(きよはら のもとすけ)。子を亡くした親が流す涙の雫に悲しみを誘われる。涙の雨が降り続くことにならぬよう、祈っている。

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熱海市伊豆山土石流災害(あたみしいずさんどせきりゅうさいがい)は、2021年(令和3年)7月3日午前10時半(JST)頃に、静岡県熱海市伊豆山地区の逢初川(あいぞめがわ)で発生した大規模な土砂災害である。災害関連死1名を含む28名が死亡した。最多時は約580人が避難し、建物136棟(とう)が被害を受け、2022年6月時点で被災地は原則立ち入り禁止となっている。

被害が拡大した原因として上流山間部の違法盛土の崩壊があり、さらにその後の調査で国や自治体のずさんな盛土規制と大量の違法盛土が国中に存在していることが明らかになり、盛土規制の大幅強化へと発展した