2023年7月4日 5時00分
絶望名人カフカ
失恋した心の傷には、励ましの歌よりも嘆きの歌が染みる。部屋にこもって音量を上げ、悲しみに身を浸す(ひたす)。同様に、つらい時にはネガティブな言葉のほうが救いになる、と文学紹介者の頭木弘樹(かしらぎ ひろき)さんが書いていた。薦めているのは、文豪カフカの言葉だ▼「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」(『絶望名人カフカの人生論』)▼20世紀を代表する作家がチェコ・プラハに生まれ、きのうで140年を迎えた。不器用な人だった。他人とつきあうのは苦手だが、誰かとつながっていたい。仕事は嫌い(きらい)だが、辞められない。結婚したいが、踏み出せない。同じ女性と2度婚約して2度破棄した▼代表作『変身』で、夢から目覚めた主人公は巨大な「虫」になっている。このドイツ語Ungeziefer(ウンゲツィーファー)は、もともと「人間に有益でない、役に立たない小動物」を指すそうだ。と知ると、例の奇怪な物語は「役立たない」と見放された、ひきこもりの話に一気にかわる▼カフカの生きにくさが投影されているのだろう。こんな言葉もある。「生きることは、絶えず脇道(たえずわきまち)にそれていくことだ(略)振り返ってみることさえ許されない」▼将来に希望を持てず、不安を抱えたいまの若者たちも頷く(うなずく)だろうか。時代も国境も越え、同じような人がいた。人間は、そう感じるだけで不思議と小さな力がわくことがある。
- フランツ・カフカ
フランツ・カフカ(Franz Kafka, ときにチェコ語: František Kafka, 1883年7月3日 - 1924年6月3日,四十歳没)は、現在のチェコ出身の小説家。プラハのユダヤ人の家庭に生まれ、法律を学んだのち保険局に勤めながら作品を執筆した。どこかユーモラスな孤独感と不安の横溢(おういつ)する、夢の世界を想起させるような独特の小説作品を残した。その著作は数編の長編小説と多数(たすう)の短編、日記および恋人などに宛てた膨大な量の手紙から成り、純粋な創作はその少なからぬ点数が未完であることで知られている。
生前は『変身』など数冊の著書がごく限られた範囲で知られるのみだったが、死後中絶された長編『審判』『城』『失踪者』を始めとする遺稿が友人マックス・ブロートによって発表されて再発見・再評価をうけ、特に実存主義的見地から注目されたことによって世界的なブームとなった。現在ではジェイムズ・ジョイス、マルセル・プルーストと並び20世紀の文学を代表する作家と見なされている。
- ジェムズ・ジョイス
- マルセル・プルースト