2023年7月15日 5時00分

米国からの100通

 1990年代の初め、湾岸戦争が終わったばかりのころだ。高知市に住む、ある男子高校生の投書が米国の新聞に載った。日本はなぜ、自衛隊を戦争に派遣しないのか。「日本には憲法9条があるからなのです」。そんなことを説明する内容だった▼この投書のことを知って、思った。あれから30年余り、彼はどうしているだろうか。いま、日本の安保政策は大転換しつつある。彼ならば、どう言うだろう。先月、高知市を訪ねてみた▼きつく曲がりくねった坂の上に、彼の通った土佐塾高校はあった。教諭(きょうゆ)の島内武史(しまうち たけし)さん(62)によると、投書のことは「語り継がれている」そうだ。ただ、彼はもう、いなかった。医学の道に進んだが、10年ほど前に早世した(そうせいした)という▼驚いたのは、米国から100通を超える手紙が届いていたことだ。当時の反響をまとめた冊子(さっし)を見せてもらった。「米国にも平和憲法があればいいのに」「日本の政治について教えて欲しい」。日米の若者が平和を追い求め、やりとりを重ねていたことに胸が熱くなった▼シカゴ郊外の高校生が、こんな言葉を紹介していた。「真に問われるのは戦争を始める能力ではなく、戦争を回避する能力である」。時を超え、いまにも通じる問いのように思えた▼東京に帰る飛行機で、しばし考える。日本の防衛費は急増し、専守防衛の原則も揺らいでいる。それなのに、先の国会での議論は、結論ありきでなんとも薄っぺらくはなかったか。眼下の太平洋が白くかすんでみえた。