2023年7月23日 5時00分
カンボジアの総選挙
穏やかな(おだやか)風に乗り、読経(どっきょう)の響きが聞こえてきた。千葉市郊外の青々(あおあお)とした竹林(たけばやし)に立つ古民家(ふるみんか)で今月の初旬、ある追悼の会が開かれた。集まったのは日本に暮らす数十人のカンボジア人(かんぽじあじん)たち。母国で7年前に逝った著名評論家を偲ぶ(しのぶ)集まりだった▼「私たちの代わりに言いたいことを言い、彼は殺された」。千葉でコメ作り(こめづくり)をするハイ・ワンナーさん(36)は静かに語る。来日15年。フン・セン政権を批判する在日団体の代表である。「政権の脅しには屈しません」▼近年、かの国での民主主義の後退は目を覆いたく(おおいたく)なるほどだ。自由な言論は抑圧(よくあつ)され、報道機関が閉鎖を強いられる。日本にいる彼らもデモなどの活動が問題視され、帰国すれば、拘束(こうそく)を免れない(まぬがれない)という▼きょう、そのカンボジアで総選挙の投票がある。最大野党の候補者はすべて、手続きの不備を理由に立候補が認められなかった。すでに与党の圧勝が確実と伝えられる。公正さに大きな疑問符のつく選挙だ▼「水かさが増すと魚がアリを食べ、水がひくとアリが魚を食べる」。カンボジアには、そんなことわざがあるそうだ。何処(いずこ)にも、永遠に続く権力はない。異論を認めぬ政治など、早晩(そうばん)、行き詰まるに違いない▼日本政府は選挙に対し、「懸念」の表明にとどめている。カンボジアの和平に血と汗を流してきた日本が、それでいいのか。「国際社会も試されて(ためされて)いる。もっと踏み込んだ対応をしてほしい」。ハイ・ワンナーさんの訴えは、鋭く私たちにも向いている。
フン・セン(クメール語: ហ៊ុន សែន / Hun Sen, 1951年4月4日 - )は、カンボジアの軍人、政治家。民主カンプチアで軍司令官を務めていたが、1977年に離脱しポル・ポトと決別。1978年のベトナム軍進攻後は親ベトナム政権の外相・首相を歴任。1998年からカンボジア王国首相、カンボジア人民党議長(党首)を務め、事実上の一党独裁体制を敷いている.
ポル・ポト(クメール語: ប៉ុល ពត, ラテン文字転写: Pol Pot、1928年5月19日 - 1998年4月15日)は、カンボジアの政治家、共産主義者、独裁者。本名はサロット・サル(クメール語: សាឡុត ស, ラテン文字転写: Saloth Sar)だが、ポル・ポトは自身がサロット・サルと同一人物であると公式に認めたことはない。しかし、サロット・サルの兄弟のうちポル・ポト政権下を生き延びた3人の1人ロット・スオン(Roth Suong)は、「ポル・ポト=サロット・サル」と述べている。通称は「一の同志」、「コード87」、「バン・ポー(年長者)」などがある。