2025年4月11日 5時00分

「カフネ」に込めた思い

 日本語が堪能な豪州(ごうしゅう)の学者から「桜吹雪(さくらふぶき)」という言葉の魅力を熱く語られたことがある。いわく、乱れ散る(みだれちる)花びらが詩的に表現され、音の響きも美しい。春の花を雪に例えることが疑問だったが、実際に見たらその通りだったと。なんと短く(みじかく)雄弁な言葉だろう▼世界には一言(ひとこと)で多くを語る言葉が多数ある。桜のように、その土地の人々にとって大切な存在と結びついている。例えば、フィンランド語の「ポロンクセマ」は「トナカイ(a reindeer)が休憩なしで、疲れず移動できる距離」で、約7・5キロだという▼アラビア語で「日が暮れたあと遅くまで夜更かし(よふかし)して、友達と楽しく過ごすこと」、イヌイット語で「だれか来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出て見てみること」を指す言葉もある(『翻訳できない世界のことば』)▼では『カフネ』とは何か。第22回本屋大賞を受賞した阿部暁子(あべ あきこ)さんの小説の題名である。主人公らが働く家事代行サービスの社名なのだが、ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草(しぐさ)」だと文中で説明されている▼未知の響きにひかれて調べると、ブラジルで使う独特(どくとく)の言葉だった。植民地時代、ブラジルにはアフリカから何百万人もが奴隷として連れてこられ、サトウキビ農園で働かされた。カフネの語源は西アフリカのヨルバ語とされる▼痛みを分かち、心を落ち着かせる。そんな言葉だったのだろうか。小説の最後でも、社名を超えた意味を持つ。カフネは静かに、雄弁に語りかける(かたりかける)。