2025年4月5日 5時00分
京大数学とアーベル賞
まだスマホも、メールもなかったころの話だ。京都大学の教授だった森毅(もりつよし)さんが、よく言っていた。数学教室の固定電話に6735の番号があった。これをなぜか若き数学者たちは「ロクナナサンゴー」でなく「ロクシチサンジューゴ」と覚えた▼そのためらしい。6かける7は、と計算するとき、頭に浮かぶのは「35」。学生も教員も「九九をまちがうヤツ」が大勢いたそうだ。森さんはユーモアをこめて言った。京大の数学は寛容だ、九九なんて「忘れたってなんとかできるほうが、数学の力である」▼数学界のノーベル賞とも言われるアーベル賞に、京大特任教授の柏原正樹(かしわら まさき)さん(78)の受賞が決まった。ノルウェー科学文学アカデミーの選考の評は印象的だ。多分野の研究をつなぐ柏原さんの「独創的な思考」は、まるで「日本と南極を結ぶ橋」のようだという▼正直に言って、ノーとアーの違いも初めて知った門外漢(もんがいかん)の筆者に、その業績は理解できない。数学研究の最前線は、熾烈(しれつ)な競争が繰り返される厳しい世界である▼「朝起きたときにきょうも一日数学をやるぞと思っているようでは、ものにならない」。柏原さんの職場には、そんな先達の言葉が残るという。「数学を考えながらいつの間にか眠り、目覚めた(めさめた)ときにはすでに数学の世界に入っていないといけない」▼類いまれな(たぐいまれな)才能、それに甘えない努力、さらに加えれば、寛容さのスパイスだろうか。「数学は美しい」。そう語る柏原さんの偉業を、拍手で称えたい(たたえたい)。
アーベル賞(ノルウェー語: Abelprisen、アーベルしょう)は、顕著な業績を上げた数学者に対して贈られる賞である。 賞金額は約1億円。
2025年 柏原正樹(Masaki Kashiwara、1947年 -)代数解析学および表現論、特にD-加群理論の発展と結晶基底の発見への根本的な貢献に対して。