2025年4月28日 5時00分

馬場あき子さんの退任

これで何首目だろう。きのうも、その名を刻んだ歌が紙面にあった。〈3・30の歌壇丁寧に切り取りぬ二度と見られぬ「馬場あき子選」〉園部洋子。先月末まで47年にわたって朝日歌壇の選者をつとめた馬場さん。退任が発表されると、惜しむ歌が次々と寄せられた▼選者になったのは1978年。当時は「夏になると戦争の歌がどっと押し寄せました」と退任の記念イベントでふり返っていた。震災、非正規雇用、コロナ禍……。選んだ歌をたどれば、この半世紀が浮かび上がる▼とはいえ、ニュースをなぞっただけの歌には厳しかった。選歌会では約5千の投稿の全てに目を通す。一瞬で出来を見分け、シャッシャとはがきを繰っていく。〈いち枚の葉書取り上げ馬場さんは「ダメなのよねえ」もしやわがこと〉菅谷修▼いつも情の深さと洒脱(しゃだつ)さがあった。イベントで、歌を詠む時の心がけを尋ねられ、「心がけるってのはやめたほうがいいんじゃない? うまくなろうとか、どうつくろうとか」▼風のそよぎでも、鳥のさえずりでも、台所のゴキブリでもいい。「何でもない日常の光景に、誰も見なかったものを発見するの」。それを心の小箱にしまっておけば、いつか歌の種になるという。〈「歌詠むは心が外に出たい時」と教えくれしは馬場あき子さん〉瀬口美子▼いま97歳だ。〈一生に詠むうた読むうた思ひ出に梔子(くちなし)のはな咲きそふやうな〉馬場あき子。拍手に送られて会場を去る姿は、背筋に一本芯の通った美しさだった。