2025年4月22日 5時00分

赤い帽子の笑顔

 あの赤い帽子のことである。ホワイトハウスが公開した写真を見て、考え込んでしまった。トランプ氏の唱えるスローガン「米国を再び偉大に」と書かれた野球帽をかぶって、両手の親指をたてる日本の経済再生相の姿である▼かつて外交官の友人が教えてくれた。外交には「三つの目的」があるという。順不同でいえば、国民の経済的な利益を守ることが一つ。多くの日本企業が頭を抱える米国の関税措置に対し、是正を求める今回の交渉はまさにそれだろう▼もう一つは国民の生命や財産を守ること。安全保障上の意義と言い換えてもいい。先日の会談でも、在日米軍の駐留経費が俎上(そじょう)に載せられた。対米関係において、通商はときに防衛問題に直結する▼さて三つ目である。友人は朗らかに言った。「ああ、この国の国民でよかった。そんな誇りを感じてもらうのも大事です」。目先の利益に目をつぶっても、人権を説いたり、平和を訴えたり。国民が誇りを覚える外交は、長期的な「国益」にかなうというのだ▼帽子の写真を見て、そんな友人の言葉を思い出した。国益といった表現を安易に振りかざす危うさは分かっているが、ひとこと言わずにはいられない。帽子の下の乾いた笑顔に「格下も格下」という阿諛(あゆ)のにおいを感じるからか▼交渉事には「韓信の股くぐり」が必要なときがあるのは理解する。毅然(きぜん)たる態度を、と肩を怒らせて批判するつもりもない。でも、いや、しかし。いくつもの逆接が頭をめぐり、離れない。