2025年4月16日 5時00分
天才ボノボのカンジ
カンジという名前の天才がいた。ゴリラともチンパンジーとも違う類人猿ボノボのオス。1980年に生まれ、米国の研究所で育てられた。言葉の学習をさせられる母親マタタの隣にいるうちに、単語を自然に覚えてしまった▼研究所のサベージランボー博士と追いかけっこをしたい時は、キーボード上の独自の図形文字で「チェイス」「ユー」と押して誘う。手にけがをした理由を尋ねられて「マタタ」「噛(か)む」と答える。じつに300以上の文字を理解した▼人の言葉も聞き分けた。「電子レンジの中にある風船をとってきて」「チキンをおまるにいれて」。実験でわざと、目の前にないものや突拍子もない行動を求めても、そつなくこなした。ライターでたき火をおこし、テレビゲームを楽しみ、一人の時はキーボードを指して何やら独り言にふける▼我々は特別である、と人はうぬぼれる。だが文化という装いを1枚1枚脱ぎすてて「裸のサル」として類人猿の列に並んでみれば、そう大きな差はないのかもしれない▼天才ボノボ、カンジ。その死を告げる報が先日流れた。44歳。最期の日の午前中まで、仲間と追いかけっこをして楽しんでいたそうだ▼カンジとはスワヒリ語で「埋もれた宝」を意味するのだという。「心という贈り物を与えられたのは決して人間だけではなかったことを、カンジは教えてくれた」と、サベージランボー博士は述べている。世界は宝を失った――。一報は、深い悲しみの言葉から始まっていた。