2025年4月3日 5時00分

硫黄島のヒーロー

 もの静かな人だったらしい。アイラ・ヘイズは米国の先住民ピマ族で、1923年、アリゾナ州の小さな日干し煉瓦(ひぼしれんが)の家に生まれた。6人兄弟の長男だったという。18歳のとき、真珠湾(しんじゅわん)攻撃で日米の戦争が始まり、9カ月後、軍隊に入った▼その名が全米に知れ渡ったのは、激戦の硫黄島からだった。摺鉢山(すりばちやま)で、兵士たちが星条旗を立てる、あのあまりにも有名な写真である。6人の兵士の一番後ろにいたのが彼だった▼写真はピュリツァー賞を受賞し、アーリントン墓地(ぼち、はかち)近くの記念碑にもなった。米政府は国威発揚に利用し、アイラたちを動員した。多くの戦友が命を落としたが、彼は生き残り、英雄になった▼深い苦悩があったのだろう。10年後の冬の寒い朝、32歳の彼の遺体が故郷の空き家で見つかった。低温と過度の飲酒による死だったとジェイムズ・ブラッドリー氏らの『硫黄島の星条旗』は伝える▼ときは過ぎ、先月、彼のことが再び耳目を集めた。国防総省のサイトが突然、あの写真を一時削除したのだ。多様性を嫌うトランプ氏の政策の余波らしい。写真には「米先住民が果たしてきた貢献と犠牲を振り返るとき」との記述が添えてあった▼硫黄島の歴史は、国家による翻弄(ほんろう)の繰り返しである。日米の戦死者は3万人近くに上った。彼らは何のために死んだのか。いかに平和は築けるのか。先週末、現地を訪れた石破首相は言った。「過去の検証とともに、未来への思いを込めて考えていきたい」。戦後80年の夏が来る。