2025年2月23日 5時00分
木の葉を隠すなら森の中
日本の探偵小説の父、江戸川乱歩(えどがわ らんぽ) に「類別トリック集成」という論考がある。戦後、スランプに陥った乱歩は海外の作品を読みあさって、使われているトリック(trick)を詳細に分類した。これがじつに興味深い▼おなじみの「密室」だけでなく、「探偵が犯人」「異様な刃物」「二つの部屋のトリック」など、ミステリーファンならば項目名だけで作品が思い浮かぶだろう。「生きた人間の隠れ方」もある。棺(ひつぎ)に入って逃亡したり、人形に化けたり(ばけたり)。乱歩自身も、犯人が患者になって病院に潜むという手を、ある短編で使っている▼そんなトリックを思わせる事件である。青森県の元病院長らが、殺人事件を起こした入院患者を隠避(いんぴ)したとして逮捕された。死因を「肺炎」とする偽(にせ)の死亡診断書を、被害者の遺族に渡していたという▼容疑が事実なら、なぜそこまでして事件を隠す必要があったのだろう。被害者は外傷(がいしょう)を負っているのに診断名を「肺炎」とするのも、ちぐはぐだ。不可解さは否めない▼病院からは、死因を「肺炎」とする診断書が多数押収(おうしゅう)されている。事件の分も含めてどれも、認知症の疑いのある同じ医師名で作られていたという。もしや、ずさんな診断が繰り返されてきたのか▼英国のミステリー、ブラウン神父ものに「木の葉を隠すなら森の中」との台詞(せりふ)がある。ものを隠す最善策は、ありふれた同種のものに紛れ込ませること。一枚の葉だけでなく、森全体にも疑いの目を向けねばならないとしたら、それが恐ろしい。