2025年2月20日 5時00分
ミャンマーでの特殊詐欺
その男は「顔十六」と名乗ったという。一見して偽名(ぎめい)とわかるが、SNS上でそんなことは珍しくないのだろう。31歳の中国人俳優は「映画を撮影する」との彼の言葉を信じ、タイに向かった。今年1月のことである▼空港に迎えにきた車に乗ると、そのままミャンマーに連れ去られた。監禁され、頭を丸刈りにされ、50人ほどの中国人と詐欺の訓練をさせられたという。数日後、運よく助けられた俳優は、憔悴(しょうすい)した表情で言った。「とても怖かった」▼事件の発覚から1カ月余り、今度は日本人の少年が保護されたことが明らかになった。ネットで誘われて、ミャンマーに行ったらしい。スタンガンで脅され、警察をかたる詐欺に加担したと話しているそうだ▼国連機関の一昨年の推計によると、人身売買などで自由を奪われ、ミャンマーでネットの特殊詐欺を強いられている人は、12万人にも上るという。驚き、不安になる。内戦で生じた権力の空白で、何やらとんでもない悪が跋扈(ばっこ)しているのだろうか▼ほかにも8人ぐらいの日本人がいたと少年は証言する。もはや「闇バイト」といった言葉では、事件の広がりを表せまい。中国語ではオンライン犯罪を「黒産(くろさん)」とも呼ぶ。直訳すれば「黒い産業」である▼話を戻すと、顔十六は江蘇省(こうそしょう)出身の中国人だった。タイで出頭し、中国に送還された。偽名の意味は不明のままだ。中国警察の危機感は強い。一昨年来(おととしらい、いっさくねんらい)、中国に引き渡された特殊詐欺の容疑者は、すでに5万人を超えている。