2025年2月9日 5時00分

大統領閣下と石破首相

 失礼な例えになるだろうか。下請け会社の社長が、取引先を訪れた。変わり者の新任社長に挨拶(あいさつ)する。生殺与奪(せいさつよだつ)の権を握られた立場だ。お世辞の一つも言い、丁重にお願いする。従来通りの契約をと。とりあえずはOKの返事か。でも、この先はわからない▼石破首相とトランプ大統領との初会談である。「大統領閣下(かっか)」と首相は畏まって(かしこまって)呼びかけ、「神様から選ばれた」と確信しての再選だろうと称えた(たたえた)。トランプ氏はといえば、日鉄を日産と言い間違え、安倍元首相の名を何度も口にしていた▼冷笑するつもりは全くない。首相の阿諛(あゆ)は、日本という国の悲しい姿そのものであるのだから。「黄金時代」と美しく演出してみても、日米関係は昔もいまも、対等にはほど遠い▼過去百数十回に上る日米首脳会談で、歴代の首相も苦心してきた。ロン、ヤスと呼び合ったり、1日27ホールのゴルフに付き合ったり。それは「信頼関係の構築」であるとともに、直談判で何とか取引先に食い込もうとする懸命な営業努力ではなかったか▼歴史家E・H・カーは、名著『危機の二十年』で指摘する。国際政治で重要なのは軍事力、経済力とならび、「意見を支配する力」なのだと。小国の指導者はつねに、相手を「説得する術(せっとくするじゅつ)」が求められる▼戦後80年のいま、米国はかつてなく、危うい方向に進もうとしている。それを声高(こわだか)に諭すこともできず、かといって一緒に流されるわけにもいかない。我が身の厳しい現実を、そのままに直視したい。