2025年2月6日 5時00分
家の鍵と権利書
変色した古い書類と真鍮(しんちゅう)製の鍵。22年前の春、ヨルダンのパレスチナ難民キャンプを訪れたとき、取材した男性が財布から出して見せてくれた。亡くなった両親がイスラエルに残してきた土地の権利書と家の鍵だという。「必ず戻る。私たちはナクバを忘れない」と話していた▼1948年、イスラエルの建国で約70万人のパレスチナ人が難民となった。故郷を追われた人々は、この出来事をナクバ(大破局)と呼ぶ。他国へ逃れても世代が移っても、今はイスラエル領となった「自宅」の書類や鍵を大切に持ち続けるパレスチナ人は多い▼今度はパレスチナ自治区からパレスチナ人を追い出すというのか。日本時間の昨日、「ガザの全住民を移住させる」というトランプ米大統領の言葉に耳を疑った。記者会見での公式な発言である▼彼の「提案」はこうだ。移住の費用は、近隣の裕福な国々が提供する。ガザは米国が統治し、長期的に所有する。平地にして開発すれば「中東のリビエラ」のようにできるとも▼ガザの人々はどんな気持ちで聞いたかと、胸が痛む。「2国家解決」は放棄するのか。米国が所有できるという法的根拠は何なのか。強制退去は国際法違反で、「民族浄化」の指摘もある▼ガザ出身の詩人、アシュラフ・ファイヤードさんの「難民の末裔(まつえい)」という詩を思い出した。〈難民になるとは――列の最後尾に並ぶこと〉〈故国(ワタン)とは――札入れにしまった証明書〉〈帰還とは――祖母のお話に出てくる伝説上の生き物〉