2025年3月31日 5時00分

「教皇選挙」の舞台裏

 「ローマ教皇(きょうこう)としてコンクラーベに入る者は枢機卿(すうききょう)として出てくる」というイタリアの格言(かくげん)がある。コンクラーベはローマ教皇選挙のことで、有力候補とされる高位聖職者は往々(おうおう)にして選出されないという意味だ。過剰な自信を戒め、常に謙虚であれと促す教訓でもある▼公開中の映画「教皇選挙」を見て格言通りだと感心した。サスペンス仕立て(したて)の物語の舞台はバチカンだ。急逝(きゅうせい)したローマ教皇の後継者を決めるため、世界中から枢機卿が集結する。約14億人のカトリック教徒の頂点に立つのは誰か▼投票権を持つ108人のうち、野心を抱くのは、リベラルな改革派と保守派、反動的な伝統主義者らだ。仕切り役である首席枢機卿のローレンスは自らの信仰に揺らぎを感じているせいか、最初はやや頼りない▼水面下の協議は陰謀や裏切りへと発展し、ついにはむき出しの権力闘争となる。野心とは無縁に思えたローレンスさえ、もしかしたらと思い始める。権力とはかくも人を惑わす(まどわす)ものかと怖くなる▼個人的な体験を言うと、ローマ特派員だった20年前に本物のコンクラーベを取材した。参加した枢機卿は115人。映画ほどではないが、改革派と保守派の綱引き(つなびき)はあったと聞く▼コンクラーベの前、知り合いの枢機卿に理想の教皇像を尋ねたことがある。「平和のために尽力し、弱い者に寄り添い、誠実に統治できる人」だという。真っ当(まっとう)すぎて拍子抜けしたが、実は映画でもこの見識が鍵を握っている。まっすぐな心は強い。