2025年3月17日 5時00分

墓じまい

 ぶらりと著名人の墓をめぐることがある。きょうは彼岸の入り(ひがんいり)。以前他紙で見た記事も気になって、東京都豊島区(とよしまく)の都立雑司ケ谷(ぞうしがや)霊園に足を運んだ。ここには夏目漱石やジョン万次郎も眠っているが、今回はもう少し先へ▼ああ、ここだ。枝を伸ばした落葉樹(らくようじゅ)の下。墓石(はかいし)が並ぶ中、そこだけぽかりと空間ができていた。「高野聖(こうやひじり)」などで知られる作家・泉鏡花(いずみきょうか )の墓じまいの跡である▼都内の自宅で亡くなったのは1939年。近年は遠縁(とおえん)の方が継承してきた。だが、このままでは無縁墓(むえんぼち)になって撤去されてしまうという危機感から、かつて鏡花が過ごした東京・神楽坂(かぐらざか)にある圓福寺(えんぷくじ)に相談した。「2年前に墓を移し、将来はこちらで永代供養(えいたいくよう)していきます」とお寺の説明である▼同じ悩みを多くの人が抱えているのだろう。厚生労働省によれば、墓じまいを含む改葬の数は2023年度で16万件超。過去最多という。過疎の進む地方だけの話かといえば、そうではない。神戸市立の墓園(はかえん)でも、墓じまいなどで返還される区画(くかく)の方が、新たに使用を許す区画の数より多いというから驚かされる▼永井荷風(ながいかふう)は生前「墓石建立致スマジキ事(はかいしこんりゅういたスマジキこと)」と遺書をしたためた。でも雑司ケ谷霊園(ぞうしケたにれいえん)には立派な墓石がある。弔いの形は願いどおりにはならないのが、世の常だ▼これからは、思いも寄らぬ「死後の引っ越し」を迫られて、永遠の眠りにつくこともそう楽ではなくなるのかもしれない。〈墓じまい夫は母の骨壺(こつつぼ)を私は父をザック(Sack)で運ぶ〉小川真美子(こがわ まみこ)。

墓じまい(はかじまい)は、日本の墓において、墓所や墓石を撤去、処分すること。改葬の1部分。