2025年3月29日 5時00分
伝説の贋作師(がんさくし)と呼ばれる男
芸術作品の価値とは何だろうか。先日の記事を前に置きながら、そんなことを考えている。徳島県立近代美術館が、フランスの画家メッツァンジェの作品として所蔵している油彩画(ゆさいが)「自転車乗り」はニセモノだったと発表した▼鑑定書付きで買ったのが26年前。昨年になって、「伝説の贋作師(がんさくし)」と呼ばれるベルトラッキ氏の作品では、と疑惑が浮上していた。スイスのアトリエを同僚が訪ねると、本人はあっさり認めた▼画風(がふう)を装う相手になりきるために日記を調べたり、描いた絵を古く加工(かこう)する装置を作ったり、相当な「努力家」らしい。「自転車乗り」は模写(もしゃ)ではなく、メッツァンジェ風を狙った(ねらった)ものというから、その才能に驚く▼わが胸に手をあてれば、絵の鑑賞で、作品よりも前に画家の名前を確かめてしまうことがある。徳島でも、説明を読みながら「さすがに躍動感が違うね」などと眺めた方もいただろう。だが本来、芸術の価値とは作品そのものに備わって(そなわって)いるはずだ。発覚の前後で、「自転車乗り」は何か変わったのか▼贋作は許されない。でも、かのミケランジェロ(Michelangelo )も、青年時代に手を染めたことがある。大理石(だいりせき)を彫った(ほった)自作のキューピッド像に細工(さいく)をして、高値になる古代彫刻(ちょうこく)のように見せかけて売った。像はその後消失してしまった。いま見ることができれば、と世界が惜しむところだろう▼ベルトラッキ氏の作品については、見たいという声も多く、美術館が再公開を検討しているそうだ。いつか見に行こうか。
【ジュネーブ、ベルリン共同】ドイツ出身の贋作家ウォルフガング・ベルトラッキ氏(74)が著名画家の作品の偽物を多数制作した騒動を巡り、日本の美術館が所蔵する3点を含む少なくとも78点について、ドイツ警察当局が贋作の可能性が高いと判断していることが15日分かった。