2025年3月16日 5時00分
ノー・アザー・ランド
小さな村に突然、イスラエル軍が現れて家々を壊す。井戸に生コンクリートを流し込む。容赦のかけらもない。米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門に、ヨルダン川西岸でのパレスチナ住民の苦境を描いた「ノー・アザー・ランド」が選ばれた▼イスラエル人の若きジャーナリスト、ユヴァルは、祖国を糾弾する記事を書くが、思ったほどは読まれない。なぜだ。焦る彼を、行動を共にするパレスチナ人の青年バーセルが「君は熱すぎる」と諭す。この問題の解決には忍耐が必要だ、と▼はっとする場面だった。一刻も早い紛争解決を願うことは間違っていない。双方の若者が手をとる光景には、かすかな希望もある。だが複雑な歴史や大国の思惑もからみあった糸は、一朝一夕にはほどけない。その難しさを映画は突きつけてきた▼映像は2023年秋まで撮影された。その後に起きた一連の悲劇が、何かを変えたのだろう。熱すぎるとまで言われていたユヴァルは、CNNで「いま映像の力を語るのはとても難しい」と述べている▼事態を楽観せず、あきらめもせず。一瞬で燃え尽きず、不燃でもなく。熾火(おきび)のように訴え続ける。そのタフさがなければ、かの地では日々を越えてゆけないのかもしれない▼数日前、村は覆面のイスラエル人入植者たちに襲われたという。アカデミー賞という光。変わらぬ迫害という影。バーセルとユヴァルが本当に求めているのは、観客の拍手でも栄誉でもない。平和な暮らし。それに尽きる。