2025年1月23日 5時00分

ゲーテはすべてを言った

 古くはラ・ロシュフコーから芥川龍之介、ドラえもんまで。世の中には、さまざまな箴言(しんげん)・格言集がある。手にとる人は、偉人(いじん)の言葉に人生の奥深さ(おくぶかさ)をかみしめたり、あるいは自分の文章に箔(はく)を付けたかったりするのだろう。コラムの書き手など最たるものだ▼筆に行き詰まって、古今東西(ここんとうざい )の名言を集めた本をめくる。いくつか、そのたびに出くわす名前がある。このページにあったかと思えば、またあちらにも。いわば名言の達人。その一人がドイツの文豪ゲーテである▼鈴木結生(ゆうい)さんの『ゲーテはすべてを言った』が、芥川賞に決まった。ゲーテが残したとされる言葉の典拠を、学者が探し求める。文学や学問における独創性とは何か。そう問いかける軟らかな文章は、数多くの西洋文学の引用や知識で飾られている▼なんという博覧強記かと驚けば、鈴木さんは23歳の大学院生だそうだ。そして専門はゲーテではなく、シェークスピアだとか。この先が楽しみな逸材である▼恋愛について、仕事について、真理について……。ゲーテの残した言葉の宝石は多岐(たき)にわたる。何しろ名言をめぐる名言すらある。いわく「金言(きんげん)や名句は、人々にとってつねに代用品でしかない」。さすがである▼言い返せる能力を持ち合わせぬ身は、詩人の渡邊十絲子(としこ)さんの言葉をお借りしたい。石垣りん著『詩の中の風景』の解説に、こうあった。「他者の言葉とは、他者の視点である。それらを借りるとき、人はほんの少し自分を超えることができる」